たとえば十四章は「歩けば脳が動き出す」で、最初に「散歩好きの偉人が多い理由は、歩くとマイオカインが運ばれて脳が動き出すのだ」ということがが紹介されていた。ダーウィン、ディケンズ、ニーチェ、ジョブス⋯⋯などが散歩好きだったようで、「ダーウィンはサンドウォークを周回しながら、自然淘汰による進化という独自の理論を発展させていった」(p305)という。
さまざまな統計を駆使し、運動ががんを抑制することを説明している。その原因は、「運動には、傷ついたDNA自力修復を助ける働きがあるようだ。一日に少なくとも二〇分間運動する被験者は、DNAのコピーミスを修復する能力がやや高かった」(p294)らしい。
しかし、二足歩行の最大の収穫は、「助け合い共感する能力」の獲得であろう。「大怪我を負いながら生き続けたと思われる化石は多い。二足歩行は脆弱ゆえに助け合い共感する能力が生まれたのだ」(p343)。だとすれば、人類に戦争は似合わないし、助け合い平和な暮しこそ人間の本来の姿のなだ。
『2001年宇宙の旅』の棍棒を振りかざす類人猿にしろ、「大型動物の肉を食べたいという欲望こそ、人類進化の駆動力の一つだった」という、誤りであるにもかかわらずいまだにはびこっている「人類=ハンター」説にしろ、人類の過去に関してこれまで構築されてきた物語においては、人間の否定しがたい暴力的・攻撃的傾向が支配的だった。だが、進化の旅は人類にたぐいまれな共感能力をも与えた。往々にして、われわれは人間の善なる本性に目を向けることなく、(呉が発見した、頭に重傷を負っても他人の援助のおかげで生き延びられた四十体のホミニンが物語るように)対立と共感はつながっているという事実を無視してきた。
(中略)
三百六十六万年前のラエトリの足跡を思い出してみよう。いちばん小さな個体はひどく足を引きずって歩いていたようだ。彼女の片足は進行方向から三十度近く曲がっていた。だが、一人ではなかった。助けてくれる仲間と一緒に歩いていた。(p354)
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