2022年10月7日金曜日

出光佐三の”人間尊重の思想”

 出光佐三の中心思想である”人間尊重の思想”については、「芸術の” 美”と人間尊重」に書いたが、より詳しい内容が『人間尊重五十年』(出光佐三著、春秋社、1962年)にあった。創業五十周年記念式挨拶で述べたもので、”人間尊重の精神”を掲げ、「世界の平和、人類の幸福を打ち樹てるような大きな目標に向かって、 妥協を排し、誘惑に陥らないように、今後一意専心進まれることを希望」(『人間尊重五十年』、p 344)する、と発言している。”人間尊重の精神”を掲げていれば、世界の平和、人類の幸福といった大きな目標も、決して不可能ではない、といった自信に満ちた発言であった。
 さらに重要なのは、”人間尊重の思想”が、一企業体ではあっても、その中での実践を通して、「それが間違いでなかった」と検証しての発言であることだと思う。そういう意味でも、さらなる人間尊重の思想に関する部分を引用しておく。なお、太字強調は引用者による。
 なお、日本国憲法を体現している思想でもあるにもかかわらず、憲法に言及していないのがなぜなのか、そこは今のところわからない。
  この五十年もちょうど白い馬が隙間をぱっと通ったような、早い、あっという間の五十年でありました。しかし、しみじみと考えるならば、これは本当に苦労に苦労を重ねた五十年であって、死ななければこの苦労からのがれることはできないと思われるほどの苦労の五十年であったのであります。しかしながら、この十年の間に人間を尊重してゆく、この行き方が本当であると言ったごとく、この五十年後の今日はそれが間違いでないのみでなく、世界の物質文明が行き詰まって、精神文明いわゆる人間尊重の時代が来たということを世界に呼びかけるように、われわれがなったのであります。この五十年に、人間尊重をもって世界に呼びかけるというような羅針盤が出来たのであります。(上同、p339)

 出光にはもう一つ眼に見えない、数字でも計算のできない信念的のものがある。それが人間尊重である。その人間尊重、いわゆる形而上のものが出来上がっておって、これが日本国内、あるいは出光の会社内ということでなくして、世界に対して、「物質尊重より人間尊重へ」というような言葉となって出ておるのが非常な変化である。今、世界は時間的に非常に狭くなりましたから、思想を統一しなければならないが、その思想統一の目標をどこにおくかといえば、人間を大切にせよ、人間の世界をつくれ、というわれわれの言っておる人間尊重のところにゆくのは当然であると思う。(上同、 p341)

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