2022年10月6日木曜日

”当たり前の世の中”を目指そう

 広末涼子さんが、ヘーゲルの言葉「一個の人格、そして、他のであれ、ひとびとをもろもろの人格として尊敬せよ!」を受けて、”9.11アメリカ同時多発テロ事件”についての随筆を書いていた。その最後で、一人一人の人間が一個の人格として尊重される、そんな「当たり前の世の中になれば、テロや戦争はなくなるはずなのに」と結んでいた。

 人を、ひとりひとりの人格を大切にできたら、こんな悲劇は起こらないはず。(中略)
 他者の痛みや苦しみを分かち合えたり、他人の幸せを自分のこと同様に喜んだりすることができる。そんなステキなことが当たり前の世の中になれば、テロや戦争はなくなるはずなのに。(『ヒロスエの思考地図 しあわせのかたち』広末涼子著、宝島社、2022年、p228)
 最後が「〜なのに」なので、どうしてなかなか戦争やテロがなくならないのだろう?という疑問も含まれている。読者に一緒に考えてもらいたい、という工夫の表れなのであろうと、そうした書き方に、共感が持てた。
 当たり前の世の中といえば、「暴力はいけないことだし、ましてや、人を殺してはいけない」ことは、当たり前である。にもかかわらず、国家という名の下では、暴力も殺人も許されてしまうのだ。最近のことで言えば、プーチンがどれだけ多くに命を奪ったか計り知れない。にもかかわらす、のうのうとして、テレビの前で世界に向けて顔を見せている。こような異常を異常として認識できるような世界に、早くなってもらいたいものである。

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