2022年10月24日月曜日

途中下車読書法の楽しみ

 最近、速読について語られることが多い。早く読める上、脳の活性化にもなるから、ということらしい。しかし、速読もよさそうだが、遅読の楽しみや効能というのもある。『本の読み方 スロー・リーディングの実践』や『遅読のすすめ 』という本もあるのだ。昔からある「精読」も範疇としては遅読である。
 遅読を勧めている著書には、「助詞、助動詞に注意する」「辞書癖をつける」といった技術が紹介されているが、私が命名した遅読というものは、そうしたニュアンスのものではなく、途中下車(本を読むのを一時やめて考える)をしながら読むので、結果的に遅読になってしまう途中下車読書法である。
 トルストイも、そうした読書をしていたのか、彼の著書『愛のあるところに神あり』(あすなろ書房)の主人公マルティン・アウジェーイチが、「途中下車読書法」を実践していた。彼は、聖書を読むとき、じっくりと考えながら読むことを実践していたのである。たとえば、
「この言葉を読んだアウジェーイチは、心に喜びがあふれました。眼鏡をはずして本の上に置くと、テーブルに頬杖をついて考えこみました」(p10)
「アウジェーイチはまた眼鏡をはずして本の上に置き、もう一度考えこみました」(p12)   
 という具合である。 
 そういえば散歩にも、わき目も振らず早足に歩く方法と、周りの草花などを見ながらゆっくりと歩く方法がある。そして、早足では見落としてしまうような美しさを発見できるのが、脇見をしたり、途中で立ち止まったりしながら歩く、ゆっくり歩きである。
 読書も同じようなもので、速読では味わうことができないような読書の感動が、「途中下車読書法」などの遅読には存在するのである。

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