2022年9月5日月曜日

生涯迷いながら生きる

 朝日新聞の連載小説、今村翔吾著『人よ、花よ』が気に入ったので、今村翔吾の作品『てらこや青義堂』と『幸村を討て!!』を、並行して少しずつ読み始めたことは「家康74歳の”天下取り”」に書いた。
『てらこや青義堂』は、忍者だった十蔵がてらこやの師匠になって子供たちを教え導いていく物語である。ぐいぐいと読み進んできたが、なんとなく心が安らぐ言葉に出会った。十蔵の師匠だった順治郎に対して言った「生涯迷いながら生きとうございます」だ。
 順治郎は「それでよし」と返答するが、ややもすると、”達観する”という言葉があるように、「人は成長すれば、完成されて迷いなどなくなっていくものであり、いつまでも迷い続けているのは情けないもの」と思いがちだ。自分自身、実際そんな感じだったところにこの言葉に出会った。そして、スッと心が楽になったのだ。
 実は、「生涯迷いながら生きとうございます」という言葉の前に、次のような十蔵と順治郎の会話があった。
「・・・・それにしても変わらぬなあ」
 順治郎は 口元の皺をなぞりながら笑った。
「相も変わらず未熟者でございます」
「いや。人を教える者にとって、変わらぬは褒め言葉だ。己が成長したと思った時、そこが辞め時よ」
 やはりこの方に師事して良かったと改めて確信した。
 順治郎の「変わらぬは褒め言葉だ」も、「あれ?」と思った言葉だった。生き方の理想と思われる「日々成長していく姿」と「変わらぬ」は相反するように思われたからだ。しかし、北斎の生き様を考えてみると、「生涯迷いながら」死ぬ寸前まで成長し続けている。つまり、「生涯迷いながら死ぬ寸前まで成長し続けた」という点で、北斎は死ぬまで変わらなかったとも言える。そして、北斎も、満足の絵を絵が生きたいと「生涯を迷いながら生き抜いた」人生だったと言えよう。「生涯迷いながら生きとうございます」という言葉は、真実の言葉だったようである。

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