2022年9月11日日曜日

祈りの詩集『ヒロシマ連祷』

 連祷(れんとう)という言葉を初めて知った。『ヒロシマ連祷』(石川逸子著、土曜美術社、1982年)という詩集を読んだからだ。辞書には「カトリック教会の礼拝で,司式者と会衆とが交互にかわす連続の祈り」という説明があった。『ヒロシマ連祷』は、ヒロシマとナガサキで被曝した人たち、戦争で命を落とした人たちへの祈りの詩集だったのだ。
 詩集の中でも「合唱」が圧巻だった。 「つたえよう つたえよう /風に搖れる草となって /どこまでも、(中略)あの日から/ 白骨になってしまった /中学生のことを(後略)」と「つたえよう つたえよう」が四回も続く。
 こうして私に伝えられ、また、私から伝わっていってほしい。

合唱 
つたえよう つたえよう
風に搖れる草となって
どこまでも
 焼けへしゃげた弁当箱
 空を
 ながれていった
 もんべのひとひら
 あの日から
 白骨になってしまった
 中学生のことを

つたえよう つたえよう
かなしい波となって
あらゆる岸に
 もげていた首
 川を
 下っていった
 幼いたましい
 あの日から
 白髪になってしまった
 母さんのことを

(あのげんばくが
いまは無邪気くらいの
小ささですって
テニヤンから飛行機に積まなくても
ボタン一つ押して
どこへでも飛んでいけるんですって)

つたえよう つたえよう
家々をたたく風となって
どこまでも
 骨ガンになったアメリカ兵
 大地に
 理もれてしまった
 ヒロシマの
 ナガサキ の
 なお熱い 涙
 朝鮮人徴用工の
 溶けた 叫び

つたえよう つたえよう
あの日から
生きてきた
ひとりの 娘の つらい年月を
草となって
風となって
どこまでも(『ヒロシマ連祷』、石川逸子著、土曜美術社、1982年p138~141)

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