そういえば、福島県では、国の原子力、地方自治政策に県民の視点から妥協せず対峙する姿勢で福島県知事を18年務め佐藤栄佐久氏が、事実なき談合関与の疑いで辞任に追い込まれてしまった経緯がある。これも、官僚に楯突き自認に追い込まれてしまった可能性が大きい。
角栄時代の議会記録などを見れば、今の記録とどれだけ違うのかがわかるかもしれない。いずれにしても、書かれてあることをそのまま信じてしまうことだけは避けるようにしたいものである。ただ、デモクラシーが機能し得るために議会における自由な言論が重要なことは確かである。だから、どれだけ「自由な言論」が行われてきたか、その検証をする必要があるということである。
角栄は、官僚を慴伏せしめ、自由自在に駆使した。角栄ありてデモクラシーあり。角栄死してデモクラシー亡ぶ。デモクラシーが機能し得るための第一の条件は何か。 議会における自由な言論である。自由な討論によって国策が決定されることである。(『田中角栄の遺言 官僚栄えて国滅ぶ』、小室直樹著、クレスト社、1994年、p16)
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