2022年9月27日火曜日

吉本隆明の理想社会論

 吉本隆明の本を読んでいると、歯に衣を着せないで、”そこまで言っては言い過ぎじゃない”と思われるような批判をしている感じがする。例えば、「自民党から共産党に至るまで、日本の政党もウソばかりついている。ウソをついているというのは、「自分のことは棚上げにしてモノをいっている」ということです。自分が実際に実行できるかどうかということは棚上げにして、キレイごとやカッコいいことばかりいっている。そして、他人にはキツイことばかり要求しているんです」(『私の「戦争論」』、吉本隆明著、田近伸和聞き手、ぶんか社、1999年、 p 69)という具合だ。しかし、よく読むと、なるほどと思わせる真実が含まれていることがわかってきた。
 日本の戦後民主主義について、これまでも色々と議論されてきた中で、それがいかにダメかということに言及したあたりは、森友問題や桜を見る会問題を見越していたかのようで、真実を語っていると思う。
 戦後、GHQがやったことと比較しても、日本の戦後民主主義がいかにダメかということは明瞭です。占領政策を打ち出す際、GHQは必ず、「こういう理由で、こういう政策をやる」という声明を出しました。今でいう"情報公開"以上のことをやってみせたんです。それを見て、僕は「へえ―っ!」と感心しました。当時、権力を一手に掌握していたGHQが、たとえどんなに小さなことでも、一般民衆の了解を得ながらことを進めるという、そういう姿勢に感心したんです。「これが民主主義なのか」って思いました。
 日本の戦後民主主義も、戦前に比べれば、そりゃあ、よくなったという点はいろいろありますが、GHQがあのときやってみせた民主主義の一番基本的なところが、いまだにやられていないんです。(『私の「戦争論」』、吉本隆明著、田近伸和聞き手、ぶんか社、1999年、p 68〜69)
 つまり、「民主主義の一番基本的なところが、いまだにやられていない」から、森友問題や桜を見る会問題が起きてしまったのである。
 さらに、「吉本隆明の理想社会論」も語られていて、そこが圧巻だった。「吉本隆明の歴史観」も、諸手を挙げて賛成したい。
 "一般の民衆を主にして、あらゆることを考える"ということを民主主義というのであれば、それはやはり、民主主義が基本だということになるんじゃないでしょうか。一部の支配者やエリートがどうしたというのではなく、一般の民衆があらゆる意味で自由になり、豊かになっていく――それが、人類にとっての「理想の社会」「最終の社会」のイメージであるというのは疑いようのないことですから。歴史とは何かといえば、究極的には、その実現をめざしているのが歴史なわけです。(『私の「戦争論」』、吉本隆明著、田近伸和聞き手、ぶんか社、1999年、p70 〜71)

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