まず、「米中対立が軍事対決へと激化すると、日本は米国の同盟国としての義務と自らの実存的必要性のギリギリの矛盾に直面させられる。中国によって日本がせん滅される極限状況を別として、いかにして、そうした選択肢を避けるかに死力を尽くすしかない」。そして、「日米が中国を全面的な敵性国(adversary)と決めつけ、それが中国の排他的民族主義を煽り、双方とも後戻りができなくなる状況を遥けるべきである。日米中とも相手の意図を正確に把握すること、そしてパーセプション・ギャップを埋めるため、不断の対話をすることが必要である」(『国民安全保障国家論 世界は自ら助くる者を助く』、船橋洋一著、文藝春秋、2022年、p 92)。と、ここまでは、もっともな話で、「死力を尽く」し、あくまでも、「パーセプション(理解)・ギャップを埋めるため、不断の対話をすることが必要」なのである。
しかし、一方で不断の対話を強調しながら、「そのために」と称して、「日本がより自立し、自らの安全保障に責任を持ち、日米同盟を相互依存的な責任共有の体制に進化させるべきである。有事に国民を保護できる国の体制をつくらなければならない、日本の抑止力を高めなければならない。米国との間で抑止力の統合を図らなければならない、日米韓の三者の政策協調を急がなければならない。米国と台湾との三者の戦略対話が必要である」(上同、p93)と、あくまでも軍事力による対応の域を出ていない。わかりやすく言えば、刀を振り上げつつ「話し合い」を求めるようなものである。「中国を全面的な敵性国と決めつけ」るのを止めれば、「日本の抑止力を高め」る必要はないし、「米国との間で抑止力の統合を図」る必要もないではないか。
それどころか、パーセプション(理解)・ギャップを埋めるための不断の対話を成功させるためには、段階的にせよ、「安保条約を解消し、多国間の平和条約を模索していく」くらいの気概を示していくべきではないだろうか。
以下、該当部分を引用しておく。
日本の選択肢は限られている。そもそも、中国との経済相互依存を全面的にデカプリすることは不可能であり、望ましくない。それは日本の選択肢ではない。さらに、米中対立が軍事対決へと激化すると、日本は米国の同盟国としての義務と自らの実存的必要性のギリギリの矛盾に直面させられる。中国によって日本がせん滅される極限状況を別として、いかにして、そうした選択肢を避けるかに死力を尽くすしかない。「日米中の罠」はこれまで以上にさまざまな顔をして立ち現れてくるだろう。けれどもこれからの時代、もっとも恐ろしい「日米中の罠」は、米中対決の中で日本が選択肢を失う罠である。中国に日本の自国防衛の意思と能力、日米同盟の抑止力の有効性、科学技術力とイノベーションの力をつねに理解させるべきである。同時に、日米が中国を全面的な敵性国(adversary)と決めつけ、それが中国の排他的民族主義を煽り、双方とも後戻りができなくなる状況を遥けるべきである。日米中とも相手の意図を正確に把握すること、そしてパーセプション・ギャップを埋めるため、不断の対話をすることが必要である。(『国民安全保障国家論 世界は自ら助くる者を助く』、船橋洋一著、文藝春秋、2022年、p 92)
そのためには、日本がより自立し、自らの安全保障に責任を持ち、日米同盟を相互依存的な責任共有の体制に進化させるべきである。有事に国民を保護できる国の体制をつくらなければならない、日本の抑止力を高めなければならない。米国との間で抑止力の統合を図らなければならない、日米韓の三者の政策協調を急がなければならない。米国と台湾との三者の戦略対話が必要である、サイバー・セキュリティの能力の飛躍的増強が要る。日本の戦略と国益に資するパワー・バランスと国際秩序の構築に向けての戦略的思考と外交力が欠かせない。そして、何よりも統治力が求められる。(上同、p 93)
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