2022年7月9日の朝日新聞は、「民主主義の破壊許さぬ」という社説で「銃弾が打ち砕いたのは民主主義の根幹である。全身の怒りをもって、この凶行を非難する。同時に、亡くなった安倍元首相に対し、心から哀悼の意を表する」と書いた。非暴力が民主主義の根幹であることを見事に表現した言葉だ。しかし、非暴力であれば民主的かと言えば、そうではない。民主主義の要件はもっとあるからである。その要件は、『民主主義とは何か』の著書もある宇野重規氏によれば、次のような「線を引くこと」と、「公開による透明性」である。
近代の民主主義の本質はきちんと「線を引くこと」にある。権力分立を破れば暴政になるし、政教分離を犯せば宗教支配になる。きちんと「線を引くこと」が大事だ。( 『学問と政治 学術会議任命拒否問題とは何か』、岩波新書、2022年、p 159)
「政治」にとって大切なのは、公開による透明性だ。誰だって、大切なことが、どこか知らないところで、誰だかわからない人たちによって勝手に決められるのは嫌だろう?
みんなに関わることは、力による強制や利益誘導ではなく、公の場所でみんなできちんと議論して決める、この原則がまず重要だ。(上同、p 162)
それでは、日本はこれらの要件を満たしているのであろうか?
残念ながら、「日本の現実はその逆を行っているように思えてならない。政治的決定をしているのは、権力を持った一部の高齢者男性であり、女性や若者、そして日本に暮らす外国人の声が政治に反映しているとは、とても思えない」(上同、p 163)。その典型が、日米合同委員会であろう。主に在日米軍関係のことを協議する機関で、日本の官僚と在日米軍のトップがメンバーとして月2回、協議を行っているが、協議は秘密の会合として行われてるのが現実である。
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