2022年7月8日金曜日

長崎での被曝は日本政府が招いた?!

 ポツダム宣言がどのように報道されたかを調べているうちに、広島の原爆がどのように報道されたかが気になって調べてみた。そして、新型爆弾に怯むどころか、「断乎報復」と書き、それどころか、なんと「地下生活に徹せよ」と、とんでもないことを平気で報道していた。知らされていなかったから、にせよ。とにかく驚いた。
 気になることはもう一つある。広島に原爆を投下した後、トルーマン大統領は「広島に投下した爆弾は戦争に革命的な変化を与える原子爆弾であり、日本が降伏に応じない限り、さらに他の都市にも投下する」(『日本のいちばん長い日 運命の八月十五日』、半藤一利著、文芸春秋、1995年、p 15)と発言している。こうした発言も無視し、降伏を先延ばしにしていたとなれば、長崎での被曝は、日本政府が、日本のマスコミが招いたと言っても過言ではないことに気がついた。戦争を終わらせる過程を、もっとしっかりと学場なくては、と思っているところである。
 

「聞蔵IIビジュアル(朝日新聞記事データベース)」より


「朝日新聞、1945年8月10日、聞蔵IIビジュアル(朝日新聞記事データベース)」より

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