しかし、冷静な目で世界を見渡すと、戦力によらない方法論が芽生え、実績を上げてきている。その方法というのが「言葉ではない、暴力ではない、<生き方の魅力性>によって、人びとを解き放つこと、世界を解き放ってゆく」(定本見田宗介著作集10』、p32)というものである。
見田宗介さんが、その一つの具体例として挙げているのが、戦後の冷戦です。「アメリカが冷戦を軍事力で勝ったのではない」「 アメリカと西ヨーロッパは、その情報と消費の水準と、何よりもその『自由な社会』であることの魅力性において冷戦の対手を圧倒した」(上同、」p 98)から、アメリカは冷戦に勝利したのだ。
こうした新しい戦いというものには「怨恨」や「報復」といったものがないのが特徴である。「ロシアや東欧諸国の民衆で、アメリカを恨んで自爆テロをしようなどという人はいない」(上同、」p 98)のだ。
では、どうするか。次に示されているように、われわれ「自身が、独裁者や独裁的な勢力から自立することをとおして、アメリカを中心とするグローバリズムの支配からも自立し、自らの幸福と平和と自由を追求するという方向しかない」。
独裁者や独裁的な勢力の支配の下にある貧しい国々が存在する時、これらの国々の問題の真実の「解決」のかたちというものを考えてみることが許されるとすれば、それはこれらの国々の民衆自身が、独裁者や独裁的な勢力から自立することをとおして、アメリカを中心とするグローバリズムの支配からも自立し、自らの幸福と平和と自由を追求するという方向しかないはずです。
このような国や地域の民衆の自立のために日本やアメリカの高度の情報化/消費化社会の内部の人間がなしうることは、(当面の様々な「援助」は有効であるとしても)根本的には、わたしたちの社会自身が自立すること、外部の諸社会、諸地域を収奪し、汚染することのないような仕方で、自由と幸福の持続可能なシステムを構想することでしかないはずです(被支配者の自立のために支配者がなしうることは、支配者自身が自立すること、被支配者への依存をやめることです)。(上同、p102〜103)
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