山之口貘の詩のなかで、あまり人の注目をひかない、そして言及されたものも見たおぼえがない、けれど逸することのできない一篇がある。
応召
こんな夜更けに
誰が来て
のっくするのかと思ったが
これはいかにも
この世の姿
すっかりかあきい色になりすまして
すぐに立たねぱならぬという
すぐに立たねばならぬという
この世の姿の
かあきい色である
おもえばそれはあたふたと
いつもの衣を脱ぎ棄てたか
あの世みたいににおっていた
お寺の人とは
見えないよ
終りの三行が、秀逸である。
かあきい色とは当時の軍服の色で、召集令状がきて、あわてて挨拶に立ちよった知人の僧の姿である。きのうまでの僧衣や袈裟をかなぐりすてて、たちまちに兵隊に化けてしまった滑稽さ。
ふだんは、むやみな殺生を禁じ、慈悲の心を説き、煩悩の浅ましさを教え、あの世への解脱を語り、しめやかにお経をあげていた人が、一転、軍服を着て、
「只今より、人殺しに行ってまいります!」
と敬礼するようなものだから、矛盾のきわみである。
もっともその頃は、召集されたら、国の楯となって死ぬのだ、死ぬのだ、という意識のほうが強かったが、征けば実態は人殺しだった。僧職に限らず、兵士になってはなんとしてもおかしいよ、という職種はまだある。
今おもえばあたりまえのことだが、一九四〇年代はそこに矛盾も疑問も持つ人はなかった。(「熱の詩」『茨木のり子集 言の葉3』、茨木のり子著、筑摩書房、2002年、p126〜128)
詩人茨木のり子は、「熱の詩」のなかで、 「狂気、異常、孤憑 —— 今ならなんとでも言える一九四〇年代、たいていの人が、こころの方は、三八度から四〇度くらいの高熱を発し沸騰していた」と一九四〇年代を詩人らしく表現していた。
私たちが生きている今はどうだどう。「モリ・カケ・サクラ」で代表されるような多くの矛盾や疑問があるにも関わらず、有耶無耶にされかねない。それではいけない、と詩人は訴えている。
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