2021年9月30日木曜日

日本国よ大志を抱け

 総裁選があり、その議論の中で改憲論も取り上げられた。改憲の主な論点は、理想と現実の乖離を解消しようというものである。あまりにも現実的環境が変わってきたのだから、憲法もそれに合わせるべきだ、というものだ。この問題を、最近知った「二分法思考」を手掛かりに考えてみた。
 二分法思考というのは、『「科学的思考」のレッスン : 学校で教えてくれないサイエンス』(戸田山和久著、NHK出版、2011年)で紹介されていたもので、安全と危険を例に説明されていた。「ここまでは安全だがここからは全て危険になる、という二分法的な考え方はとてもマズい」(p26)といったものだ。白と黒の間には、限りなきグレーが存在している。そのグレーゾーンを無視して、白か黒かの選択を迫ることはマズいと。
 原発推進派と反原発派という二分法の問題点も言及していた。グレーゾーンとして、「核燃料サイクルだけはやめよう」「新しく建設するのはやめよう」など色々選択肢があるのに、原発推進派と反原発派に「色分けしてしまうことはどう考えても不毛」だという。
 さらに、ここが大切なのだが、「これらの二分法思考に共通しているのは、科学が、グレーな領域で少しずつマシな方向に進むものだということを見失っている点で」「このことを忘れないことが、科学についてマトモに思考するための第一歩」(p29)だという。この考え方が気に入った。
 ところで改憲論者は、「現実の防衛環境が悪化してきた」「憲法の非武装という理想は現実に合わない」と二分法的な考えている。しかし、現実と理想と同時に、それらの間にグレーな領域を認めるならば、「グレーな領域で少しずつマシな方向(憲法の理想)に」向かって進めていこう、という選択肢も選べることになる。理想は理想として掲げて、少しずつその方向に向かっていけばいいのだ。
 そもそも「理想は、我々の生涯を貫いて、いかなる日常の行蔵(世に出て道を行うこと)にも必ずや現実の力となって働くもの」(『南原繁の言葉』、p274)である。それに、歴史を遡っても、自由、平等といった理想を掲げ続けてきたからこそ、少しずつでも、その理想に近づいてきたということもできる。クラーク博士が「少年よ大志を抱け」と言ったことは有名だが、「日本国よ大志を抱け」と言って堂々と憲法の理想を掲げ続けたいものである。

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