2021年9月1日水曜日

障がいは社会で補い合って

 内反足という足首の障がいをもって生まれたという宮崎泰子さん(スポーツ文化ジャーナリスト)のコラム「障がいは社会で補い合って」(『赤旗日曜版』、2021年8月22日号)を読んだ。コラムに、「叔母の失明を機にアナウンサーになったこともあり、点字図書館で朗読ボランテアを始めました。この頃から、個人で足りないものは社会で補い合えば良いと思うようになったのです」と書かれており、全くその通りだと思った。
 この思想は、何人も個人として尊重されるという憲法で保障された「個人の尊厳」から導き出される当然のものである。ところが、社会保障が「何か社会のお荷物」のような印象が社会に蔓延っている。朝日新聞(2021年9月1日)の見出し「来年度概算要求、111兆円超 社会保障費6600億円増 過去最大」がそのことを雄弁に物語っている。記事内容を読むと、団塊世代に入るものとして、心苦しさを感じてしまうのは私だけだろうか。

 人数が多い「団塊の世代」が75歳以上の後期高齢者になり始め、社会保障費が21年度より6600億円増えるとした。新型コロナ患者を受け入れる病院への支援や、検査・ワクチン接種体制の強化などは感染状況次第でさらに増える可能性があるとした。朝日新聞、2021年9月1日)

 前に読んだ書籍で、「高齢者にお金をかけ過ぎている。少子化対策に回すべきだ」、という主張があった。なんとなく違和感を抱きながら、違和感の正体をそのままにしてしまった。今ならその違和感の正体は、「高齢者と子供を同列に考えていない」ことではないか、と理解できる。
 日本には、高額所得者や大企業などに相当な金があると言われている。あるところから適正な税収を見込むことによって、社会保障を受けることに心苦しさを感じることのない社会を目指していきたいものである。

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