この記事を読んで気になったことがある。初めから「日本は米軍に基地を提供し、米国は日本を防衛する――。日米安全保障条約が現在の形に改定されて今年で60年になります」、と、「日本は米軍に基地を提供し、米国は日本を防衛する」が既定事実のような書かれていたことである。しかし、米国にとって日本は橋頭堡であることは、アメリカも認めていることだ(注)。
それならば、米軍の実態が知らされていない故に「安保条約の維持に『賛成』が68%」というような結果を示している、といえよう。「駐留経費の負担増は反対が72%で、賛成14%」という結果が、証明している。米軍の事態さえ明らかになれば、安保条約の世論調査結果も反転するに違いない。そう信じている。
どうして、こんなにも在日米軍に対して寛大なのだろうか。「外国軍隊が日本に駐屯している限り、日本の独立は完全であるとは言えない」という声があるのに、最近は、そうした声がずっと小さくなってしまった。その結果が、「安保条約の維持に『賛成』が68%」なのだ。次に紹介した講演記録「独立後の日本」でも言っているように、未だに「日本は自主的な国家であるというような詭弁」を弄しているのだろうか。
アメリカが日本において利用する軍事上の施設は、いわゆる行政協定できめるということであったが、この間新聞で発表されて、その数が非常に多くあったものだから、国民が皆びっくりした。これは日本が独立したといっても、完全な独立ではないことの証拠です。ソ連や中共などの共産主義諸国から独立の承認を受けるという問題は別として、国内だけを考えても、日本の独立が完全でないということは、明らかであります。外国軍隊の駐屯は日本がお願いしたのだから、日本は自主的な国家であるというようなことは、詭弁であります。外国軍隊が日本に駐屯している限り、日本の独立は完全であるとはいえません。日本が完全な独立を回復するには、今後数年あるいは、数十年を要することかも知れません。(「独立後の日本」『矢内原忠雄全集 第20巻 時論 3』、矢内原忠雄著、岩波書店、1952年、p95~96、強調は引用者による)
注・「僅か三年足らずの歳月の間に、民主主義的改革から日本を太平洋における我々の軍事的経済的防壁に変貌せしめ」、「日本は今や我が橋頭堡の一つと化された」(『ニッポン日記』、マーク・ゲイン著、筑摩書房、1951年、p224)
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