「民族の独立について」という講演記録を読んだ。最後に、「我々の理想を堅持し、その理想に照らしまして実際問題に対する処置を誤らないようにお考えくださいまして、我々が先祖から受けついだ名誉ある日本民族の歴史を一層全うしていっていただきたいと思うのであります」(『矢内原忠雄全集 第20巻 時論 3』、矢内原忠雄著、岩波書店、p89)と結んでいた。その理想というものを彼は、新憲法の二大原則としての、「デモクラシーの原則」と「平和の原則」をあげていた。
しかし現実は、理想からますます遠ざかってきていると言って良い。するとどうなるか、「もしもそれから離れて、戦争前の国家主義と軍国主義の逆コースをとるならば、あの悲惨な敗戦とこの長い被占領の期間の教訓が全くむだなものになってしまいまして、日本民族の歴史は、進歩どころか、後戻りをすることにならざるを得ないのです」(同上、p84)と述べている。まさに政府がやろうとしている「憲法改正」なるものは、ここでいうところの逆コースそのものである。
そして、この講演の核心は、何と言っても、戦争終了の詔勅があった直後に創られたという、高浜虚子の「敵というもの今はなし秋の月」であろう。だから最後に、平和の精神に満ちている文章を紹介しておく。
今日私どもが世界の情勢を見て最も心配にたえないのは、この二つの陣営が互に理解しようとしない点であります。互に他方を敵と仮想して、その推定の上に政策を立てておる。それが世界のすべての民族に、大小の影響をそれぞれ与えておるのです。こういう国際情況は決して健全な状態とはいえません。
個人個人の附合いでもそうでありまして、互に敵と思って憎み合うならば、人と人との附合いは出来ません。第三次世界大戦が起るならば、どんな禍が人類に及ぶかわからない。皆が心配しておりますが、しかしその戦争の原因というものは、無理解とそねみと疑いと不信用にあるとするならば、今日の国際情勢は決して健全な情勢ではありません。それがいろいろの所に反作用をきたす。日本でいうならば、反米運動、反ソ運勣として、国民の間に分裂を生する原因となる。
日本民族が独立国民として自主的に判断出来るとするならば、国内平和のためにも、世界平和のためにも、今日の国際関係において日本民族の念願するところは、如何なる民族をも敵としない、ということである。昭和二十年秋、あの戦争終了の詔勅があった直後、高浜虚子の作った句に、「敵というもの今はなし秋の月」というのがありました。これが戦争終了・平和獲得の心境であります。日本民族には敵がない。日本民族は世界において敵を持だない。これが平和の精神であります。
現実の国際情勢には厳しいものがあって、日本にいろいろの政治的な制約を与えていることは、私はよく承知しておりますけれども、しかし日本民族の独立の精神ということを、少くとも思想的に把握するならは、私共は微弱な勢力の民族ではあるけれども、もしも世界の二大強国が互に憎み合って戦おうとするならば、日本民族はその間に立って、両手を挙げて、「戦ってはいけない」と叫ぶ。その立場を我々は与えられておるのであります。それが日本民族の使命であり、そして民族独立の自覚でなければならないと思う。(同上、p86〜87、強調は引用者による)
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