2020年7月3日金曜日

第九条解釈の矛盾を言い続ける

 人間の社会において、約束の果たす役割は大きい。だから、言葉による約束を軽視するような人は信用されない。人間的にも、そんな人だと、思われてしまう。しかし、今の政治の世界では、必ずしも、そうではない。典型的な例は、国連決議、という言葉による合意を無視して、アメリカが戦争を始めたことである。それでも通用している。
 考えてみれば、一連の政府による第九条解釈も、言葉による合意を無視したものになっている。大塚英志さんの次の指摘が、そのことを語っている。

 ことばによって交渉する。ことばを信じる。・・・第九条を率直に解釈していけば当然導きだされる。こういったことばに対しての態度が、現在ネグレクトされています。その結果、今ぼくたちの抱える多くの問題となって現れている。(大塚英志著、『憲法力 いかに政治のことばを取り戻すか』、p203)

 こうして書いてみて気づいたことがある。私はネグレクトしていない、と思っていても、黙っていれば、結果的にネグレクトしていることと変わりがない、ということである。このようなことを丸山真男は、戦争との関係で「無作為の作為」(戦争に反対「しない」ということをしている)と言っている。
 どう解釈しようとも、自衛隊が持っている戦闘機などの防衛装備品などと言われているものは戦力そのものである。ちょっと考えればわかることだが、「戦力」でなかったら「抑止力」にならない。第九条解釈の矛盾を言い続けることが大切なのかもしれない。

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