私も考えてみた。そして得た結論は、<民政局(GS)系の人たちは、アメリカの独立宣言に始まった「アメリカ民主主義」を体現していた。だから、日本国憲法に「アメリカ民主主義の到達点」を余すことなく盛り込むことに成功した。日本国憲法には、日本の憲法研究の到達点だけでなく、「アメリカ民主主義」の伝統も色濃く反映されているに違いない>ということである。
「民主化」とは戦勝国による上からの強引な「革命」だということは忘れるべきではないでしょう。だから繰り返しますが、日本国憲法の戦争放棄条項が、占領軍側の一方の本音として、占領支配の手段だったことは否定しようがありません。
その上で、この憲法第九条を作ったのが、当時のアメリカの中で「ニューディーラー」と呼ばれる人たちの流れを汲んでいた事実を忘れてはいけないと思います。
どういうことかと言うと、マッカーサーも含めて、GHQの中には派閥抗争があったんですね。GHQには民政局(GS)系と参謀部第二部(G2)系という二つのグループがあった。つまり、押し付けた側のアメリカも一枚岩ではなかったのです。一方には、ニューディーラー的な、非軍事的な民主化政策を取ろうとするGSと、他方にはソビエト連邦に対して日本をどう反共産主義の砦にするかということに占領政策のポイソトを置いていたG2がいて、その派閥抗争が占領下を通じて延々と続くわけです。
このあたりにのことは「文藝春秋」に一九六〇年に連載された『日本の黒い霧』の中で松本清張が示した構図ですね。GSがイニシアチブをとって進行する、日本の「行き過ぎた民主主義」を「是正」しようとして、G2が下山事件などの背後で暗躍した、というものです。G2にしてみれば「日本国憲法」はGSが作った「行き過ぎた民主主義」の象徴のようなものです。
最終的には、ニューディーラーたちは派閥抗争に敗北して、GHQの主導権は日本を反共の砦にしていこうとする人たちの手に握られます。警察予備隊の設置や、サソフラソシスコ条約、日米安保条約が象徴する「日米同盟」は、このような後者のアメリカと結ばれた、と言えます。
「押し付け憲法論」に抜けているのは、憲法を書いたアメリカ人と「日米同盟」の相手であるアメリカは違うアメリカなんだということへの認識です。つまり、このようなGHQの抗争関係の中で成立した第九条の持つ意味を、もう一度考え直してみる必要があるんじゃないか。その時、戦後の日本において第九条に象徴されるものが、別の意味合いを帯びてくるはずなのです。(大塚英志著、『憲法力 いかに政治のことばを取り戻すか』、p188~189)
その上で、この憲法第九条を作ったのが、当時のアメリカの中で「ニューディーラー」と呼ばれる人たちの流れを汲んでいた事実を忘れてはいけないと思います。
どういうことかと言うと、マッカーサーも含めて、GHQの中には派閥抗争があったんですね。GHQには民政局(GS)系と参謀部第二部(G2)系という二つのグループがあった。つまり、押し付けた側のアメリカも一枚岩ではなかったのです。一方には、ニューディーラー的な、非軍事的な民主化政策を取ろうとするGSと、他方にはソビエト連邦に対して日本をどう反共産主義の砦にするかということに占領政策のポイソトを置いていたG2がいて、その派閥抗争が占領下を通じて延々と続くわけです。
このあたりにのことは「文藝春秋」に一九六〇年に連載された『日本の黒い霧』の中で松本清張が示した構図ですね。GSがイニシアチブをとって進行する、日本の「行き過ぎた民主主義」を「是正」しようとして、G2が下山事件などの背後で暗躍した、というものです。G2にしてみれば「日本国憲法」はGSが作った「行き過ぎた民主主義」の象徴のようなものです。
最終的には、ニューディーラーたちは派閥抗争に敗北して、GHQの主導権は日本を反共の砦にしていこうとする人たちの手に握られます。警察予備隊の設置や、サソフラソシスコ条約、日米安保条約が象徴する「日米同盟」は、このような後者のアメリカと結ばれた、と言えます。
「押し付け憲法論」に抜けているのは、憲法を書いたアメリカ人と「日米同盟」の相手であるアメリカは違うアメリカなんだということへの認識です。つまり、このようなGHQの抗争関係の中で成立した第九条の持つ意味を、もう一度考え直してみる必要があるんじゃないか。その時、戦後の日本において第九条に象徴されるものが、別の意味合いを帯びてくるはずなのです。(大塚英志著、『憲法力 いかに政治のことばを取り戻すか』、p188~189)
0 件のコメント:
コメントを投稿