2020年3月5日木曜日

至福の営み

 マリー・キュリー夫人の姿が心のどこかにあって、大学で物理学を選んだという科学者の米沢富美子さんがいる。そんな米沢さんには、「世俗的な悦楽に目もくれず勉学に励むマリーの姿は禁欲的に見えたが、自分が研究者になってみて、人目には禁欲的に映る生き方も本人には至福の営みであることを知った」(「いつもそばに本が」米沢富美子、朝日新聞)という。60歳を過ぎても、<「勉強が面白くて」、今も徹夜はざら>と書いていたが、本当の勉強はこうでなければいけない。
 このように、楽しく勉強をするなどして脳が活性化している状態の時に至福と感じるし、さらに、そういう時は寝る間を惜しんでも勉強してしまうほどの活力が生まれるようだ。次に述べる大野晋さんや朝倉摂さんの例を見てもそう思う。



 僕の場合、冬をのぞけば、毎朝5時から夜12時まで勉強するのが日課。間、途中で居眠りしたりするかもしれないが。だって、それ以外、僕はほかのことは何もできないんだよ。水泳はできないし。かけっこはビリだしさ。その代わり、椅子に座って辞書読んだり、本書いたりする作業に強い。そう簡単には、くたばらないんだな。(大野晋、国語学者、80歳、『サライ』、2000年11月、p16)

 60台半ばまではねるのが惜しくて、4時間弱の睡眠時間で仕事してたけど、今はさすがに6時間くらい寝ています。
 (中略)
 昨日チェホフのことを考え、今日は紫式部の世界を思い浮かべ、そして明日はギリシャの資料をあさると行った具合ですから、メチャクチャですよ、頭の中は。(朝倉摂、ぶだい美術家、77歳、『サライ』、1999年11月、p18)

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