2020年3月25日水曜日

何等ノ罪アリト雖モ生命ヲ奪ハレザル可シ

「津久井やまゆり園」の入所者ら45人を殺傷したとして、殺人などの罪に問われた植松聖(さとし)被告に死刑の判決言い渡された。その判決を受けて、ミュージシャン後藤正文さんが「死刑、見いだせぬ救い」というコラムを書いて、死刑制度に疑問を呈していた。


 現行の刑法で最も重い刑罰が科されて当然だと、多くの人が感じるのではないかと思う。しかし、彼に死刑判決が言い渡されても、気分が晴れない。どこにも救いがないように感じる。
 彼は人間の生殺を独自の価値観で判断し、犯行に及んだ。法の側にしかない生殺の権力を、自らが法であると考えて身勝手に行使したかのように見える。
 そして僕たちは、僕たちの社会が共有する価値観に基づいた制度によって、罪を犯した人間の生殺を決める。とても重いことだ。
 「人を殺すのは法の裁きによってでも許されることではない」という通念が社会に強くあったならば、自身が法であると妄想する人に対して、いくらかの抑止力を持てただろうか。(朝日新聞、2020年3月25日)

 ここで再び、明治時代に活躍した植木枝盛さんの死刑に関する憲法草案を紹介する。
「日本ノ人民ハ何等ノ罪アリト雖モ生命ヲ奪ハレザル可シ」
 そして、植木枝盛の思想に注目した歴史学者の家永三郎さんが、「死刑と戦争とは、どちらも人殺しの公認でありまして、国家が殺人を公認する以上、世の中に血なまぐさい事件が絶えない」(「立志社憲法草案の歴史的意義」『歴史と責任』、中央大学出版部、1979年、p232)と書いていた。その通りになっていた、と言えないだろうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿