1967年革新都政が誕生し、美濃部亮吉さんが東京都知事に就任した。そのお父さんが『天皇機関説』を主張した美濃部達吉という憲法学者だったことも知っていた。しかし、美濃部達吉の人となりと思想については、全くわからなかった。
今、家永三郎の思想に共鳴し、その著書をいろいろ読んできたが、その彼が、「美濃部達吉の研究に大きな力を注いでいた」ことを最近知った。それは、美濃部達吉の「人格と理論に格別の魅力を覚えたからであろう」(小林直樹著「家永憲法論の業績と特質」『家永三郎の残したもの引き継ぐもの』、日本評論社、2003年、p27)そうと知って、にわかに美濃部達吉の思想に興味を覚え、『美濃部達吉の思想史的研究』も、手にとって見たいと思うようになった。
しかし、ちょっと敷居が高そうな気もする。そこで、小林直樹さんが書評(『史学雑誌』・73巻12号)でかなり詳しい内容の紹介し、小林さんの所見も付け加えているというので、まずは、書評から読んでみたい。
美濃部達吉さんも、家永さんも、論理性を大事にしていたようで、次のように書かれていた。そこに、惹かれるし、そこを学びたい。
家永さんは美濃部憲法論に接して、あたかも幾何学の証明を見るかのようなその論理的な明解さに、少年の頃から酔ったといわれている。若い頃からの異例の論理性の追究を示すエピソードと言えるだろう(同上、pp32)。
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