オウム真理教事件は、終わった。そう思っていた。しかし、筑紫哲也さんのコラムを再読して、オウム真理教は、姿を変えて、今も現れていることを思い知らされた。この社会に光明を見出すためにも、「オウム真理教」って何だったのか、しっかりと押さえておく必要があるのかもしれない。
久しぷりに懐かしいことばに出会った。
私が十歳の少年だったころまでこの国でしきりに使われていたことばである。
「非国民」
サリン事件、オウム真理数をめぐる疑惑が浮上して以来、おびただしい電話、手紙、ファックスがその報道をめぐってテレビ局に殺到しているのだが、そのなかでこちらの姿勢を非難することばのなかにそれは使われていた。激烈な罵りことばはこれに限らず、もっとひどいものもあるが、幼時体験との重なりという点ではそれは懐かしかった。
事件関与の真偽は別として、このカルト集団がやりきれないのは、見た目ほどには私たちの社会とかけ離れた異質の存在ではないという一事である。
自分たちが思い込んでいる「真理」「真実」に少しでも疑義をさし挟む者に対しては激しく反発し、相手を抹殺しかねまじき言語を多用する人がこの社会には実に多い。彼らはオウムと名を冠しておらずとも、別の「真理教」の信者であり、オウムに対して呵責なく対すれば対するほど、その体質は相似性を帯びてくる。”裏オウム教”とでも呼びたくなるファナティシズムが臭う。
(中略)
そんなことより何より、「非国民」の語が幅を利かせていた五十年前まで、私たちの国全体が「真理救国家」であった。
外部からの情報が遮断されていただけでなく、外とは全くちがう論理と心理が社会全体を支配していた。指導者の掲げる大義と世界観に完全にマインドコントロールされ、自分たちの棲む国は不滅の神の国(神州不滅)だと信じ、尊師ならぬ 現人神のために命を捨てる覚悟だった。実際に多くの人がそうなった後も「神風」の到来を信じ、「竹槍」で戦う気でいた。いま真理数を包囲し対立している社会は当時の世界であり、異端視された日本が真理数のような存在だった。半世紀経っても過去は容易に死なないことを現在が示し続けている。(筑紫哲也著「『非国民』の論理」『週刊金曜日』、1995年5月12日号、p4)
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