2024年9月6日金曜日

倫理価値を否定する公文書改ざん

 最近の政治の世界に、道徳や良心、倫理といった概念は無縁だと思っていました。あまり論じられることがなかった(少なくとも私はそう感じていました)からです。原発再稼働の是非を論じた際も、倫理の専門家が入っていると聞いたことありませんでした。(ドイツでは専門家に混じって、倫理の専門家も意見を述べる機会を与えられていました。) 
 しかし、見つけました。モリ、カケ、サクラなどを起こしてしまった「原因の一つは、とりわけ官の世界では良心や道徳と呼ばれるような、自分自身の経験や思考を積み重ね錬磨した内心の価値基準を多くの個人が持とうとしないこと」(暉峻淑子著「官僚は『公共性の回路』取り戻せ」『朝日新聞』、2020年4月19日)と表現されていたのです。
 今、「良心や道徳」と呼ばれるような内心の価値基準について、適当な概念がどうなっているのかは知りません。仮に倫理価値としてみます。ネットで調べても、倫理的価値ネットで調べても、
倫理的価値はあっても、倫理価値という概念はありませんでした。だからこそ今必要なことは、倫理価値概念の確立であり、市民権の確立ではないでしょうか。その際には、良心や徳、仁といった概念も含まれた歴史的な発展の産物として位置付けることが大事です。歴史が発展するにつれて世界市民的な感情も芽生えてくるからです。
 暉峻淑子さんはまた、「公文書改ざんは、民主主義、法治主義の大前提を揺るがすものだから、国民全体の奉仕者である公務員が絶対にやってはいけないこと」と書いていますが、倫理価値概念の側面から言っても、「公文書改ざんは、国民全体の奉仕者である公務員が絶対にやってはいけないこと」なのです。

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