2024年9月1日日曜日

最高の善と最大の悪とは

 何事かを議論する際は、議論の前提を確認し、その前提を共通認識して初めて、議論が展開されるのですが、そうしたルールを無視した議論が横行していると危惧しています。その上、概念の統一的な理解という大切な議論の前提も、軽視されているのではないでしょうか。大切なことは、「キーワードの意味内容が同じでなければ議論にならない」から、「概念をお互いに共有して、そこから議論をする」(石川好著「発想の転換」『目からウロコ』、日本カメラ社、2005年、p109)ことなのです。
 似たようなことで必要なことは、物事を根本的なことから考えていくという哲学的思考ではないでしょうか。そう気付かされたのが次のキケロの文章です。人生の
終極目的など、人それそれではないか、そう思うかもしれません。しかし、永遠平和という考えもあり得ます。一度戦禍になれば、ほぼ全てを失ってしまうからです。いずれにせよ、議論の展開もそうですが、キケロがどのような結論を導き出したのかには興味があります。

 私が哲学について書きしるすことを精読することにしている人は、本書ほど読みごたえのあるものはないと判断するであろう。何故なら、哲学上のすべての問題ほど、とりわけ本書で追求される問題、すなわち終極目的とは何であり、りっぱな生活と正しい行動のすべての方針の基準となるべき最終のもの、究極のものは何であり、自然は欲求すべきもののうち何を最高のものとして求め、何を最大の悪として避けるか、というような問題ほど、この世で真剣に追求しなければならないものが何かあるだろうか。こうした事柄について大学者の間にはなはだしい意見の相違がある以上、人生のすべての務めの中で、何が最上の最も正しいものであるかを究明することが、誰もが認めてくれる私の品位にふさわしくない、と考える人があるだろうか。(キケロ著「最高の善と最大の悪について」『世界人生論全集 2』、筑摩書房、1963年、p9、太字強調は引用者)

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