アメリカについての「この暴力的体質」は、著書『生活の世界歴史 9新大陸に生きる』(猿谷要、河出書房新社、1980年)の第一部「アメリカ的生活文化の形成」の章立て項目名の一つです。その初めに、「われわれはまた、今までずっと暴力的な国民でもあった」と、こんな言葉が添えられていました。
われわれはとかく自分自身を、平和で寛容であり、穏やかな国民であって、人間の政府ではなくて法律の政府のもとでいつも暮してきたのだ、と考えたがる。そして事実、人間を尊重し法律を尊重することは、アメリカの伝統の一つの特徴となってきた。たいていのアメリカ人たちは、生涯の大部分を通じてこの尊重の念をもち続けるだろう。しかしこのことは、われわれの伝統の唯一の特徴では決してない。なぜなら、われわれはまた、今までずっと暴力的な国民でもあったからである。このもう一つの特徴があることを認めないとするとアメリカ国民をありのまま見ることにはならないのだ。 ――A・シュレジンジャー・ジュニア――(p211)
そして、暴力的な国民でもあった例として、「銃砲殺人は日本の八〇倍」と題する一文が綴られています。暴力の対象が「平和愛好的でラディカル」な人々というのが驚きでした。そして、これこそ銃社会アメリカの一面であると思いました。
「ヒューストンは暴力都市である。アメリカの上位一二都市のなかで、殺人発生率がいちばん高い。ボストンに比べて四倍も多い。暴力の主要発生源は、キュー・クラックス・クランやミニットマンのような極右グループで、彼らは、平和愛好的でラディカルとみなしている連中を、片っ端から爆死させたり焼死させようとしている。ヒューストン大学でビジネスの講座を担当しているある教授は、自宅を焼き払われてしまったが、それというのもこの教授が、アメリカ市民の合法的権利の擁護を求めるアメリカ・シビル・リバティーズ・ユニオンに所属していたためである。
ヒューストンでは、立派なみなりをした住民が、大きなリア・ウィンドーのついた小型トラックを運転しているのをみかけるのは、そう珍しいことではない。窓越しには、ライフルや、ショット・ガンや、カービンを架けたガン・ラックが見える。なかには、職業上の理由で、そのようなガンを積み込んだトラックを持っているものもいるが、一部の住民にとってはそれが一種の身分の誇示になっているといわれる。住民たちは、ヒューストンでは自動車事故で死ぬ人間よりも、銃弾に当たって死ぬ人間のほうが多いと平然と語っている」
これは数多くの著作を発表している自称社会観察者バッカードの『見知らぬ人々の国』(風間禎三郎訳)のなかの一節である。原著が発表されたのは一九七二年のことだから、これは過去のことではなく、まぎれもない現在のアメリカの姿として描かれているのだ。(p215)
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