2024年9月14日土曜日

人生いかに生きるべきか

  月並みで、今更、という感じもしますが、人生のラストスパートに際し、「人生いかに生きるべきか」その、なんとなくのアウトラインが見えてきました。下記のように「フランス文学者河盛好蔵さんのインタビュー記事」で語られたことですが、これからの指針としたい内容でした。蔵書の整理は是非とも実現したいし、井上靖さんの『孔子』も読んでみたいです。

―読み方についてはいかがでしょう?
「フランスの哲学者アランは、読書の名人といっていいと思いますが、彼はつまらない本を100冊読むよりは、すぐれた本を1000回読むほうが、はるかにためになると考えていました。彼がバルザックの『谷園の百合』と、スタンダールの『バルムの僧院』を毎年読み返したというのは有名な話です。アランはその度ごとに新しい美しさをそこから発見したといっています」
(中略)
―本との関わり方の理想とは、どういうものでしょう?
 「私の場合は、本当に気に入った本を100冊、せいぜい200冊だけを手元に置いて、心ゆくまで繰り返し読むこと。そして、その蔵書すら整理していって死の枕許には一冊もない、というのが理想です。現実にはとても不可能で、死の前日まで買い漁りそうです。
 私の至福の時とは、寝転びながら、好きな本を取っかえ引っかえ乱読することです。誰にとっても仕事上、必要に迫られて読まなくてはいけない本もありますがね、必要以外の本は読まないというのはつまらないですね。時には、読んでも読まなくてもいいような本を読むことも大事です。よく、くだらない本とか悪書とかいいますが、私はこの世にそんなものはないと思います。どんな本にも取り柄はある。要は読み方ですよ」
(中略)
―テーマはどうやって探せばいいのでしょう。
 「どんなことにも興味がないという人はいないでしょう。まず、初めは無理にでも自分が興味を惹かれるものとか、自分にとって一番大事なことを探し、それを掘り下げていくことです。日本語でも、政治でも、ソ連の社会主義の行く末についてでも、分野は何でもいいのです。それに関する本を読み、資料を集め、そのことについてはいつもビンとアンテナを張っておく。それを積み重ねていければ、たいしたものです。
 そのうち、"これについては誰に聞かれても、自分なりの考えをいうことがで切るぞ”という自信がついてきます。そうなると、生きることが楽しくなります。問題意識を持っているということは、人生いかに生きるべきか、ということをつかむことでもあります。これから激動の時代を生きていく日本人にとって、自分自身の独自の考えを持つことは、とても大事なことです。この間亡くなった井上靖さんも、これからの日本人はどういうふうに生きていったらいいか、死ぬまで考えていた人でしたね。それで井上さんは晩年に『孔子』を書かれたのだと思います」(『上手な老い方 藍の巻 サライ・インタビュー集』、サライ編集部編、小学館、1997年、p46〜51)

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