政府と電力会社は、使用済み核燃料を再処理してブルトニウムを回収し、それを燃料にして発電しようとしています。その過程で、使用済み核燃料は一度液体にされることを初めて知りました。そうして、「死の灰汁」と呼ばれている高放射能の残液が残るようです。だから、核物質は”いじればいじるほど”放射能が増大するというのです。(注)
しかし、再処理事業の概要によれば、放射性廃棄物の量を半分以下に減らすことができると宣伝されています。さて、実際は具体的にどうなっているのでしょうか。残念ながらネットでは「死の灰汁」で検索しても、ヒットしたのは一件だけでした。死語になっているのでしょうか。
(注)ところで、海洋投棄が話題になっているのは、原子力発電所などの雑物の核廃物だけである。これに対し、原子力発電所から生ずる放射能の九九%以上は、使用済み核燃料の中に入っている。これを再処理して液体とし、ここからブルトニウムを回収すると、高放射能の残液が残る。これがいわゆる死の灰汁と呼ばれているものである。これは放射能が高い。全世界の海水で均一に希釈したとしても、許容濃度を超えてしまう。海水の量は、原子力発電の放射能にくらべ思ったほど大量ではないのである。これを海に棄てるなどということはとうてい考えられない。
そこで、陸地処分ということになるが、液体では扱いが不便だし、危険が大きすぎるので、なんとかして固化したい。たとえば、ガラス状にすればよいと誰もが考えるだろう。事実、一九五九年、モナコで開かれた放射能処理国際会議で、すでにソ連代表団はガラス固化を提案している。
一般にガラスは水に溶けにくい。したがって安全と短絡しがちである。しかし、放射能を大量に含んだガラスは、放射線と発熱効果でひび割れし、最終的には粉体の塊になる。これは事実上の表面積が大きいから放射能が水に溶けだすことを防げない。
海洋投棄でなく陸地処分にしても、このようなガラス固化体の場合、水と隔された地層を探さなければならない。そのような場所は日本にはない。アメリカでも、水から完全に隔離された土地など存在しない。
(中略)
結局、放射能はいじればいじるほど、放射能を増大させ、取り扱い困難になってしまうので、放射能消滅のアイデアは露と消えてしまった。
ここで、原子力事故と他の巨大技術事故の違いは何かを考えてみたい。それは、放射能に対する恐怖である。ではなぜ人間は放射能に恐怖するのだろうか。放射能による被害は、ラジウム夜光塗料の職業病で顕在化した。そして広島・長崎での大量虐殺とその後の経過から、放射能の恐ろしさは世界中に伝えられた。さらにアメリカなどによる太平洋核実験で、日本の漁民が被曝死亡し、また、アメリカ政府の安全宣言にかかわらず実験城の島民は高線量披曝し、強制移住させられた。
そのうえ、核兵器開発に参加した者が放射能症害で苦しんでいる事実や、ウラン鉱山労働者、特にインディアンが、肺癌などで廃人になっていく様子が世界に報道され、ソ連での原子力事故のうわさも耳にするようになった。(「いじればいじるほど増大する放射能」『朝日ジャーナル』、1980年10月31日、p12)

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