つまり、平和というものを軍事力によって維持している(つもりでいる)限り、いつかは核弾頭が火を噴き、最悪の場合人類の滅亡という潰滅的破局を迎えてしまうことは明らかです。「人間の悲劇的な失敗や愚行によっても、また単なる電気回路の故障によってさえ、容易に大殺戮が起こり」(上同、p88)得るからです。私たちの歴史で、このような潰滅的な終末を迎えるようなことは、なんとしても防がねばなりません。そのためにも、「現在の自由奔放な暴力文化」を止めさせ、日本国憲法がさし示している「新たな非暴力文化」を築いていくことが大切です。従って、
平和であるということは、社会の発展、生活の質、自己実現を目標とするいかなる方程式においても、基本的な要因です。また、平和は、人間の社会のあらゆるレベルと、あらゆる分野だけではなく、人間の社会と自然の関係においてすらも、非暴力という普遍的な考え方の深まりと広がりなければなりません。(上同、p110)どうでしょうか。”非暴力”というと、理想論で片づけられ、その普遍性は、なかなか理解されません。しかし、だからこそ、非暴力という普遍的な考え方の深まりと広がりのうちに理解されるよう努めていくことが必要です。人類の滅亡という潰滅的破局を防ぐために・・・・。
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