2024年4月26日金曜日

ニーチェの思想を歪曲か?

 ニーチェの思想について、何の疑いももっていませんでしたが、「えっ、、そうなの!」と疑わざるを得ないような立花隆さんによる「ニーチェ評」を見つけてしまいました。「ニーチェとって、世間一般の俗人は、既成の道徳律に縛られた奴隷であり、家畜の群れのような存在であり、侮辱と軽蔑の対象でしかないない存在だとされます。 現在は、そういう卑しむべき連中が支配的になろうとしている時代だ」というのです。この部分は、一度「俗人は既成の道徳律に縛られた奴隷」で引用していましたが、その時は何の疑いもせずに引用したのです。
 しかし、今回再読し、「侮辱と軽蔑の対象でしかないない存在」と「そういう卑しむべき連中」という差別的な表現に反応してしまったのです。ニーチェの思想に「差別的思想」が含まれえいるのか、それとも、立花隆さんに、差別的思想があって、ニーチェの思想を歪曲(故意ではなかったとしても)して伝えてしまったか、その、どちらかです。そのうちに真偽を確かめたいです。
 乗り超えられる凡庸な俗人は「最後の人間」(der letzte Mensch)(手塚はこれを「末人」とするが、これは取らない。同様に高等な人間=der letzte Menschを手塚は「高人」とするが、これも取らない)と言われます。
 要するに、ニーチェとって、世間一般の俗人は、既成の道徳律に縛られた奴隷であり、家畜の群れのような存在であり、侮辱と軽蔑の対象でしかないない存在だとされます。 現在は、そういう卑しむべき連中が支配的になろうとしている時代だと。(『サピエンスの未来 伝説の東大講義 講談社現代新書 立花隆著、講談社、p 282~283)

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