童話『ナルニア国物語』の作者であり、二十世紀を代表するキリスト教思想家でもあったC・S・ルイスが、自身の伴侶の死をめぐって書いた『悲しみをみつめて』(西村徹訳)と題する小さな本がある。この一冊を彼は、次のような一節から始めている。
「だれひとり、悲しみがこんなにも怖れに似たものだとは語ってくれなかった。わたしは怖れているわけではない。だが、その感じは怖れに似ている。」(若松英輔著「言葉のちから:人生の問い~C・S・ルイス『悲しみをみつめて』」、日本経済新聞、2023年12月9日)
このように冷静に、言葉を通して<悲しみを対象化した>作品を知り、日本経済新聞の「美の十選」(2023年11月10日)で取り上げられたアイナー・ニールスン「病める少女」という絵画を思い出しました。結核でやつれていく身体の特徴を素描で克明に記録した絵だそうですが、こちらの絵は、絵画を通して<悲しみを対象化した>作品だと思ったからです。なんで、このような死に向かう悲しみのような感情が絵画の対象になったのかが分かりませんでしたが、なぜか心に残った作品だったのです。なお、「病める少女」の解説は次の通りです。
骸骨のように透ける顔と大きくへこんだ目、自慢の赤毛が後退しておでこが尖(とが)って張り出す様子が残酷なほど写実的に捉えられている。簡素なベッドに身体を横たえて、深く沈むように死と向き合う少女。彼女の膝が緑色の毛布をテントのように持ち上げていて、中には死に神が潜んでいるような不気味さがある。細くて白い右手は、死に神に連れて行かれないようにベッドの鉄の細い手すりをしっかりと掴み最期の抵抗を試みている。
画面の大半を占める白い壁の空虚さまでもが、彼女の最期の力を吸い取ってしまいそうだ。アネはこの絵が描かれた直後に亡くなった。画家が描こうとしたのは、人間に無作為に割り当てられた運命の悲劇だけではない。この絵は、痛切な現実と向き合う人間の姿と、神の救いのない世界の告発でもあるのだ。(東京芸術大学教授・佐藤直樹著、日本経済新聞、2023年11月10日)

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