もう一つ、「22世紀の憲法」と思わせた考えがありました。「民主主義体制を最高のもの」と次のように言っているのです。
ああ、民主制。
君主宰相による専制政治は
愚かにも自身その欠陥に気づかない。
立憲制はその欠陥を悟り
半ばを改めただけです。
民主制こそ度量のひろい
一点の汚れもない体制なのです。
ヨーロッパ諸国はすでに
自由、平等、友愛の三大原理をわきまえながら、
なお民主制に
従わない国が多いのはなぜでしょうか。
なぜ、
やたら道徳の道にはずれ
経済の原則にそむき
国の財政を食いつぶす
数十万、数百万の常備軍を置いて(略)
罪のない人民に殺しあいを
させるのでしょうか(「100分de名著 中江兆民“三酔人経綸問答”・1」より)
どうでしょうか。
中江兆民は、国の政治体制は、専制政治 → 立憲制 → 民主制と進化のステップを踏むと考えていたようです。しかし、「なぜ、やたら道徳の道にはずれ、経済の原則にそむき国の財政を食いつぶすのか? なぜ、数十万、数百万の常備軍を置いて(略)罪のない人民に殺しあいをさせるのか?」その答えまでは辿り着けなかったようです。だからでしょう。いまだに世界は、「やたら道徳の道にはずれ、経済の原則にそむき国の財政を食いつぶし、数十万、数百万の常備軍を置いて(略)罪のない人民に殺しあいをさせている」のです。
ここで、ふと考えが浮かびました。
進化の最高形態としての民主制について、それがどういうものかについての「正しい理解の不足」が中江兆民の疑問に対する答えではないか、と。そういう意味でも、民主主義について、それがどういうものか、どのような誤解があるのかを整理してみる必要があるのかもしれません。
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