日本国憲法は占領軍に押し付けられたもの。それゆえ憲法改正をする必要があると主張する「押しつけ憲法論」というのがあります。こうした論調に対する見事な反論を見つけました。1953年5月18日の東京新聞に掲載された「矛盾した憲法論」という投書のようです。
十一日附本欄にN生が「天下り憲法」と題し、現憲法は占領軍の一方的意志で押付けたものだから例えその内容が民主的でも成立のいきさつに非民主的な汚点があるから、現憲法の改正を国民に問えという主張をした、もしこの議論が正し意図すれば、百年前の開国もペリーの強要だったから、も一度鎖国か開国かを世論に問わねばならぬことになろう、そればかりでなく国民の意に反して押しつけられたものであるとするなら、当時の国会は当然それを拒むのが職責であったはずなのに一人として辞職もせずに賛成し、祝賀した事実を何と見るか。
もしもそれらの政党や代議士が全部国民を欺いたとすれば、そのような代議士を国民が現在に至るまで数回の総選挙で当選させ組閣させて来たことは一体どういうことになるのか、やはり国民も選挙を押しつけられているということになるのか、今日、憲法改正を唱えている政治家の大部分は制定当時その委員をした人やばく大な国費をもらって憲法普及に努力した人々である、こんな不信な政治家が再び憲法改正の音頭をとることにN生は矛盾を感じないのか、現在の憲法が押し付けられたという理由で改変を企画せよというなら、それより前に制定当時の全代議士の総退陣を強行する立法処置を講じてからでなければ論説のツジッマが合わない。(『正木ひろし著作集・4』、家永三郎ほか編、三省堂、1983年、p302〜303)
そういえば、祝賀会の写真を見たことがあります。憲法普及会のことは知っていましたが、ばく大な国費を使って憲法普及に努力していたことまでは知りませんでした。このようなことを知ると、柄谷行人さんのいう「日本国憲法は無意識のレベルで支持されている」ということもわかるような気がします。
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