2023年12月29日金曜日

憲法改正は旧日本への逆もどり

 自民党にとって憲法改正は悲願の課題であるはずです。にもかかわらず、その実現には至っておりません。しかし油断はできません。ですから、憲法改正が何を意味するかをはっきりさせて、平和憲法を擁護していく必要があります。
 憲法改正といえば、漢字の意味は憲法をよくすることですが、その内実は全く逆です。自民党にとっての憲法改正は、旧日本の軍国主義への逆もどりを目指しています。これらのことは、これまでも言われてきたことです。しかし、「憲法を弊履のごとく捨てざるをえない立場に追い込まれた人間は、やがていかなる条約をも、いかなる協定をも弊履のごとく捨てるであろう」という指摘は、新しい視点です。それは、国際社会における信用の問題です。つまり、憲法改正は旧日本への逆もどりを意味するだけでなく、これまで国際者で築いてきた信用をなくしてしまうことも意味するということです。だからこそ、憲法は擁護していく必要があるのです。
 新憲法の前文と、その第九条とは新日本の理想を高く掲げたものであって、これを改正して軍備をもちうるようにすることは、いろいろな意味から明らかに旧日本への逆もどりである。いったん掲げた平和の旗印をおろすことは、それは平和からの百步の後退を意味するものであることを知らなければならない。
 さる有名な評論家は一昨年、ある総合雑誌に左の通り述べておる。
 日本の軍隊は解体され、軍閥は打倒された。しかし多年のあいだ培われた軍国主義の精神は死滅しないで国民の思想の中に眠っている。日本をもう一度軍国主義に復活させ、すばらしい戦力として使うのは容易なことであり、すくなくとも、目先の利害からは便利なことにちがいない。
 けれども、目先の算盤で日本のかっての軍国主義の諸要素を利用する者は、まもなく法外に高い勘定を支払わされることを覚悟しなければならない。⋯⋯ 民主主義を体得する好機を奪われた日本人は、いつまでも民主主義を脅かす力となるであろう。憲法を弊履のごとく捨てざるをえない立場に追い込まれた人間は、やがていかなる条約をも、いかなる協定をも弊履のごとく捨てるであろう。
 やや奇矯な云いあらわし方のようではあるが、われわれとして虚心坦懐に味わってみる価値のある言葉でではないだろうか。(『どうする?日本の再軍備』、有田八郎著、憲法擁護国民連合、1954年、p112〜113)

0 件のコメント:

コメントを投稿