2023年12月23日土曜日

仕組まれた冤罪事件

 松川事件についての感想を「戦後最大の冤罪事件、松川事件」に書きました。そこで、戦後最大の冤罪事件を起こした裁判官の責任はどうなっているかを問いました。同じように感じていた弁護士がいました。彼は、裁判官だけでなく、警察や検察官の責任問題まで言及して次のように書いています。

 国民は、主権者として、"なぜ警察や検察官が、このようなへマをやったか。またやりながら責任をとらないか"という点を究明すべきではなかろうか。
 このようなヘマをやった原因として考えられることは、警察、検察、第一、二審の裁判所を含めて、科学的知識の不足すること、論理的判断力の欠けていることなどが、一応は考えられるが、しかし、いかになんぼなんでも、誤った起訴ならば、十年以上もつづいた裁判の途中で、気がつきそうなものであるということだ。まさか、大勢の検察官がいるのだから、最高裁判所や差戻後の裁判官と同じように、本件起訴内容のアヤマリに気づいた人もあったろうと思う。
 そういう検察官が、正直に自己の所信を法廷で述べないということを、国民として、黙過していいものだろうか。不正直なことを、権力をもって、押し通すようでは、被告人とされたものばかりでなく、一般の国民も安心して、刑罰権を彼らにまかしておけなくはないだろうか。
 いわんや、警察や検察庁が、はじめから被告人たちが罪のないことを知りながら、起訴をしておいて、偽わりの証拠や証人を作って、無実の良民を罪におとし入れるようなことをやったのでは、それこそ真昼の暗黒であろう。それを放っておいて、いいものだろうか。(「松川判決に想う」『正木ひろし : 事件・信念・自伝』、正木ひろし著、日本図書センター、1999年、p99〜100)

 私は、「松川判決に想う」を読んで、日本共産党のイメージダウンを狙った「仕組まれた冤罪事件」の可能性に確信を抱くようになりました。松川事件の真犯人はわかりませんが、日本共産党員犯人説の菅生事件(菅生駐在所爆破)の場合は、真犯人が警察関係者であることがわかったからです。菅生事件の場合も、「唯の一人も責任をとった者がいない」と次のように述べています。

 菅生事件は、すでに最高裁における最終的判決もすんだのであるが、菅生駐在所爆破は、警察員によって仕掛けられたものであった。すなわち、真犯人は彼らだったというわけである。警察と検察陣にとって、これ以上重大な恥辱的判決はないはずである。しかし、彼らのうち、唯の一人も責任をとった者がいない。おそらく、日本共産党を不人気にする目的はすでに達したから、成功したとでも思っているのではあるまいか。(上同、p101)

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