立花隆さんが言うように「あらゆる存在は関係性の総体」だとすれば、松岡正剛さんの編集力が重要になってきます。例えばこんなことです。
私は編集的な歴史観をもつこと、できるだけ編集的世界像を抱いて何かに向かえるということを、いつからか心掛けてきた者ですが、それは「すべての歴史は現代史である」「歴史は現在と過去の対話である」「歴史の中に未来の秘密がある」ということを深く実感してみたかったからなのです。(『18歳から考える国家と「私」の行方——セイゴオ先生が語る歴史的現在 西巻 』、松岡正剛著、春秋社、2015年、p274ここでいう「編集的な歴史観」「編集的世界像」とは、どういうことでしょうか。
私は、数ある歴史的なトピックの中から、何を選んで、どのように並べるか、つまり、歴史的なトピックを編集して歴史を観ることを「編集的な歴史観」と言い、「編集的な歴史観」によって創造された世界が「編集的世界像」であると理解しました。松川事件周辺の歴史を「編集的な歴史観」によって記述してみたい。その過程で、「すべての歴史は現代史である」ということ、「歴史は現在と過去の対話である」ということ、そして「歴史の中に未来の秘密がある」ということを考えてみたいです。
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