日本国憲法前文において、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」としています。「全世界の国民が」と言っていることの意味を改めて痛感しました。考えてみれば、人間の尊厳というものに国籍は関係ありません。だからこそ、「全世界の国民に、平和のうちに生存する権利」があるのです。もっともっと世界の貧困に目を向けていきたいです。
世界で一番新しい独立国である南スーダン。ずっと続いていた内戦が終わり、独立を果たしましたが、長きにわたる内戦で国は疲弊し、お金もありません。約1000万人の人口に対して、子どものための病院は首都のジュバにある一つだけ。小児科の医師は2人のみです。国民が安心して暮らせるようになるには、まだまだ時間がかかります。
また、別の途上国では、10歳にも満たない子どもでさえ紛争に巻き込まれます。銃を持たされて人を殺すように教え込まれ、それでしか生きる術を持たない子どもたち。「殺したくない」とか「それは悪いことだ」なんて言えるはずもなく、大人に言われた通りにするほかありません。けれど紛争が終わったとき、命令した大人たちは、彼らの人生の責任など取ってくれません。 子供たちは人殺しの罪を背負い、非難され、疎外され、普通に生きていくことができなくなってしまいます。(黒柳徹子著「自分の考えを率直に声に出し続けましょう」『世界を平和にするためのささやかな提案』、池澤春菜著、河出書房新社、2015年)
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