そもそも、「『公共の福祉』という概念は、基本的人権を充足するためにあるものであって、それを口実に、少数者に対してであろうと多数者に対してであろうと、代償をともなわない犠牲を強要する権利は誰にもない」(『市民の自由 : 基本的人権と公共の福祉 』、戒能通孝著、法律文化社、1968年、序)のです。しかし、偽りの「公共の福祉」という概念が横行しているのが現状です。なぜでしょうか。
それは、「大の虫は当然小の虫を殺す権利があるという考えこそ、専制が発明した最も厭うべき言葉、人類の福祉のために永遠に呪われた言葉である」(上同)ことが理解されなかったからに違いありません。だからこそ、真の「公共の福祉」という概念を納得できるまで究明することが求められています。
繰り返しますが、「およそ政治的権力の性格を少数の支配者が大衆を圧迫するためにあるのではないと解釈するかぎり、『公共の福祉』は『基本的人権』に対立するものでなく、それを補充する手段にすぎない』(上同、p1)のです。にもかかわらず、「この平凡な原則が承認されていないということだけで、民主的政府の存立をゆるがすような安易でいいかげんの立法が、なかば公然と横行するようになっている」(上同、p1) のです。このことは、最近の国会討論を見ても頷ける話です。
それは、「大の虫は当然小の虫を殺す権利があるという考えこそ、専制が発明した最も厭うべき言葉、人類の福祉のために永遠に呪われた言葉である」(上同)ことが理解されなかったからに違いありません。だからこそ、真の「公共の福祉」という概念を納得できるまで究明することが求められています。
繰り返しますが、「およそ政治的権力の性格を少数の支配者が大衆を圧迫するためにあるのではないと解釈するかぎり、『公共の福祉』は『基本的人権』に対立するものでなく、それを補充する手段にすぎない』(上同、p1)のです。にもかかわらず、「この平凡な原則が承認されていないということだけで、民主的政府の存立をゆるがすような安易でいいかげんの立法が、なかば公然と横行するようになっている」(上同、p1) のです。このことは、最近の国会討論を見ても頷ける話です。
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