日本やアメリカは民主主義社会と言われています。その一方で、戦後民主主義の終焉と言われたりもしています。また、多数決が民主主義だなどという人もいる始末です。このように、民主主義という言葉には、さまざまなニュアンスが込めれれているのです。それでは健全な民主主義の発達は望めません。だからこそ、整理し、真の民主主義像というものを明らかにすることが求められているのかも知れません。その際に参考にしたいと思ったのが、次の7つ前後に分類する手法です。
分類という行為は、全体をとらえ、記憶し、さらに記憶したものを思い出す際に不可欠なものです。ちなみに、有効な分類にするためには、それぞれの枝の数は7つ前後に抑えるのが理想です。数が多すぎると、認識し、記憶し、思い出すのが困難になります。(『一生モノの英文法』、澤井康佑著、講談社、2012年)
最近、プラトンの「メノン」を読みましたが、その中で共通の土俵で議論することの重要性を強調していました。 「互いに友人として問答をとりかわそうとするつもりなら、・・・・質問者が知っていると前もって認めるような事柄を使って答えるのが、おそらくその約束によりかなったやり方というべきだ」(『プラトン全集・9』、藤沢令夫訳、岩波書店、p261)というのです。つまり、民主主義について議論していても、それぞれの論者の「民主主義についての理解」が違っていては、議論が噛み合いません。今の状況は、そんな状態だと、私は考えています。だから、民主主義について共通の土俵で議論できるように、真の民主主義像を求めていきたいと考えています。
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