2023年10月27日金曜日

「死の技術」「生の技術」

 岡倉天心の思想については、「岡倉天心の徹底的な非戦論」で書きました。そこで天心の「もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。われわれはわが芸術および理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るのを喜んで待とう。」(村岡博訳)という言葉を紹介しました。別の訳のも読んでみました。そして、「死の技術」「生の技術」という言葉を知りました。読んでみましょう。

 最近では「サムライの掟」について、多くの言及がなされるようになりました。これは我が国の兵士に、誇らしく自己犠牲を選ばせる「死の技術」と言うことができるでしょう。
 しかし「生の技術」である荼道に関心が払われることは、めったにありません。
 もし文明国と呼ばれるための条件が、身の毛もよだつ戦争による勝利によって与えられるものであるなら、私たちは喜んで「野蛮な国」のままでいましょう。
 私たちの国の芸術や理想に敬意が払われる日まで、日本人は喜んで待つつもりです。(夏川賀央訳、致知出版社、2014年)

 どうでしょうか。
 やはり、どう考えてもミサイル技術は「死の技術」です。常備軍の行う演習も、「死の技術」を磨くことです。やはり「死の技術」は葬り去るべきです。その点、日本国憲法に「死の技術」はありません。だから、日本国憲法は世界の宝なのです。

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