しかし、次に紹介するように、「日米安保条約が国連安保の枠組みのなかで結ばれた」のに、「未だ国連安保が機能していないから」、日米安保条約が「一九六〇(昭和三五)年の改定を経て今日まで続いている」というのです。つまり、「日本の安全が脅かされた時」のことを考えれば、「特定の国と安全保障上の取り決めを結んで、その国が日本を守る」ことを約束してもらうことが欠かせない、ということです。
ところで、この議論には、前提条件が隠されています。「日本の安全が脅かす存在が確実にある」ということと、アメリカも目的に日本の防衛が確実に入っている」ということです。ここで、「日本の安全が脅かす存在」を限りなくゼロになる方策を考えていけば、日米安保条約は不必要になります。さらに、もし在日米軍の真の目的が米軍独自の戦略にあるならば、日米安保条約は、日本従属化の道具にすぎないことになります。そこをはっきりと見抜きたいものです。
西村の論理に基づけば、日本がアメリカと安保条約を結んだのはつぎのような理由からでした。平和憲法を持つ日本は非武装国家です。この非武装国家の安全保障はどうすればいいのでしょうか。西村は国連に守ってもらうことを想定します。本当に国連は日本を守ってくれるのでしょうか。そもそも当時の日本は国連未加盟でした。加盟したのは一九五六(昭和三一)年のことです。付言すると、国連軍(国連常設軍)は、当時も七〇年以上経った今も未だ創設されていません。
それでも当時は国連に守ってもらうことが可能だと考えられていました。なぜならば一九五〇(昭和二五)年に始まった朝鮮戦争をめぐって、アメリカを中心とする国連軍が結成されて、国連未加盟の韓国の側に立って戦ったからです。日本も国連安保に自国の安全保障を委ねると考えても、不思議なことではありませんでした。
しかしながら国連安保には一つ大きな難点がありました。国連軍は常設軍ではなく、日本の安全が脅かされた時、すぐに駆けつけてくれないからです。国連軍の介人までは自力で対応しなければなりません。非武装の日本にそれが可能かというと、方法はほとんど一つだけです。特定の国と安全保障上の取り決めを結んで、その国が日本を守るということです。特定の国とはどこか、これも選択の余地はなく、アメリカ以外にありません。以上のような事情から日米安保条約が結ばれたのです。
日米安保条約は国連安保が機能するまでの「暫定措置」でした。国連常設軍による日本の安全保障が確立すれば、「暫定措置」の日米安保条約は解消されるはずだったのです。「暫定措置」にもかかわらず、一九六〇(昭和三五)年の改定を経て今日まで続いているのは、未だ国連安保が機能していないからです。他国=アメリカの軍隊の駐留を容認する「駐留協定の色彩が強い」のは、日米安保条約が国連安保の枠組みのなかで結ばれたからでした。 (『はじめての昭和史』、井上寿一著、筑摩書房、2020年、p106~107)
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