2023年8月8日火曜日

暮しを豊かにするもの

 暮しを豊かにするもの、と言えば、どうしてもお金が十分あって、物に不自由しないことと思ってしまいます。しかし、「金で買える物の与える満足は浅く、長つづきしない」が、「自分で学び、試み、努力してしか手に入らない」ような「心の満足」(『よく生きることは人間の仕事である』、中野孝次著、海竜社、1999年、p55)は深く、長つづきするようです。だからこそ、そうした心の満足こそ、「本当に人の暮しを豊かにする」というのです。
 後期高齢者になったばかりです。この歳になると、後20年も生きられれば・・・、と先が見てしまう。だから、「老年のよさとは、それが人間の成熟しきった段階だというところにある」(上同、p170)と言われても、そうですか、と納得するわけにはいきません。「人間の成熟しきった段階」というよりは、ますます未熟さがはっきりと見えてきているからです。
 と、ここまで書いてきて、「成熟しきった」からこそ、未熟さがはっきりと見えてきた」と考えることもできることに気づきました。そして、対象が未知のとき不安になり、対象が鮮明になるほどに安心できるようになることもわかってきました。だから、心の満足のためには、未知なる不安を取り除く必要があります。
 ここで、多くの画家がたくさんの自画像を描いていることを思い出しました。自分の思いを形にした文章は、ある意味自画像に、心の自画像に相当するように思えてきたのです。画家たちも、たくさんの自画像を描く過程で未知なる不安を取り除いていったのかもしれません。『よく生きることは人間の仕事である』を読んで、私も、文章という形の自画像を描いていきたい、心の満足を追求していきたい、そう思いました。
 今は物を追うのでなく、目に見えぬ価値、美とか、善とか、上品な趣味とか、そういう心でなければ得られぬものの充実を求めたい。金で買える物の与える満足は浅く、長つづきしない。美しい絵、音楽、文学などを味わう心は、金銭でも物でも得られない、自分で学び、試み、努力してしか手に入らない。が、本当に人の暮しを豊かにするのはそういう心の満足しかないことがわかった。勇気をもってそっちにいこう。(『よく生きることは人間の仕事である』、中野孝次著、海竜社、1999年、p55)

 老年のよさとは、それが人間の成熟しきった段階だというところにある、とわたしは思う。肉体は衰えても、その代りに長い人生を生きてきた知恵がある。生涯に学んだ教養がある。何よりも一つの職業をやってきたプロとしての業と経験がある。つまり、形に見えぬ精神において成熟しているのが、老年の美というものであろう、と。(上同、p170)

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