2023年8月2日水曜日

伝統とは再生なのである

  諸橋近代美術館に行くと、ロビーの展示スペースにダリの言葉も展示されている。その中に、「伝統とは、外科手術でも切断でもなく、革命でもない —— 再生なのである」という言葉があった。美術館では気が付かなかったが、しばらく経ってメモを読み直したら、サルバドール・ダリの「引き出しのあるミロのヴィーナス」などは、ミロのヴィーナスの再生ではないか、と気づくことができた。

引き出しのあるミロのヴィーナス

 それだけでない、多くの画家はたくさんの模写作品を残しているが、その模写も一つの”再生”と考えることができるのではないだろうか。例えばゴッホは、ミレーの「種まく人」を模写したゴッホの「種まく人」が有名だが、ミレーのたくさんの「『野良仕事』のスケッチ」を、題名を変えて模写していた。

ゴッホの「種まく人」
 例えば、ゴッホ「鎌で麦刈る人」1889年9月、大鎌で麦刈る人」1889年9月、「麦を束ねる女」1889年9月、「熊手を持つ農婦」、麦を束ねる人」1889年9月、「わらを刻む農婦」1889年9月、「麦を叩く人」1889年9月、「羊の毛を刈る人々」1889年9月、「糸を紡ぐ女」1889年9月、「木こり」1890年2月などである。これらゴッホの模写作品を見ると、「ゴッホによって新たな命を吹き込まれた」見事な再生作品ということがよくわかる。これら芸術作品だけでなく、『十七条憲法』なども、再生させて、新たな命を吹き込む必要があるのかもしれない。

ゴッホの「大鎌で麦刈る人」

ミレーの「野良仕事」


0 件のコメント:

コメントを投稿