2023年8月14日月曜日

地球そのものを生命と見る

 原子力発電所はトイレのないマンションと言われてから長い年月が経ってしまいました。いまだに最終処分の方法も、場所さえ決まっていません。もう原発などダメだろうと言われてほどダメージを受けた原発事故を受けても、喉元過ぎれば暑さ忘れる、の諺通りに再稼働を許してしまいました。懲りないようです。なぜでしょうか、どうすればいいのでしょうか。
 そこで考えたことは、同じ次元で考えていては、真の解決策は見えてこないのだから、次元の高いところから見直してはどうか、ということです。岡目八目が正しい判断をしやすいのも、次元の高いところから全体を見渡しているからです。同じように、エネルギー問題という狭い範囲を越えた地球的な視点に立つことで、あたしい判断を下せるようになると思ったのです。次の指摘のような文明観の転換、つまり「もっと地球そのものを生命と見るような文明への転換が求められているのではないか、と。地球と人間、あるいは動植物をも一体として見るような文明が必要だ」(『法然の編集力』、松岡正剛・町田宗鳳著、NHK出版、2011年、p149)と思うのです。
町田――私は、 今回の震災は、偶然におきたことではなく、歴史の必然性のなかでおきたことだと考えています。そして、法然さんの没後八〇〇年という大きい節目にこのような未曾有の大災害がおきたということは、「日本人よ、物質文明の幻影から目覚めよ」という天からのメッセージではないかと思っています。これを機に日本の仏教は脱皮しなければいけないし、日本の文化そのものも変わらなければなりません。
松岡―国難ともいえるような、これだけの大災害ですからね。そこに何かのメッセージを感じる人も多いでしょう。
町田――とくに今回の3・11は、地震と津波だけでなく福島第一原発の放射線流出事故というじつに深刻な事態を招きました。ここには文明史的な意味があるのではないでしょうか。つまり、地球資源を乱開発して人間の思いのままに利用するようなライフスタイルはもう打ち止めにして、もっと地球そのものを生命と見るような文明への転換が求められているのではないか、と。地球と人間、あるいは動植物をも一体として見るような文明が必要だというメッセージをうけたように思えてなりません。(『法然の編集力』、松岡正剛・町田宗鳳著、NHK出版、2011年、p148〜149)

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