2023年7月10日月曜日

原子力利用そのものの犯罪性

 エントロピーに関する本を読んでいたら、「放射能のエントロピー」というコラムがあって、「プルトニウムは、事実上永久に毒物である」。だから、「原子力利用は、子孫に対する犯罪である」と、次のような厳しい指摘があった。
 地下資源のウランを利用すると、さまざまな核反応で、新しい放射性原子核が生成する。これらは、放射能(物)エントロピーである。
 これらの放射性原子核は、いずれは熱エントピーを発生しながら、通常の安定な原子に落ちつくのであるが、その時間の長いものがある。たとえばプルトニウムは、事実上永久に毒物である。
 ウランを利用し、かつ、放射能汚染を防ぐ方法は存在しないから、原子力利用は、子孫に対する犯罪である。(『エントロピー FOR BEGINNERSシリーズ』、藤田祐幸・槌田敦文、現代書館、1985年、p115)
 恐ろしい話だし、罪深い話である。未来のことは未来の人に考えて貰えば良い。そう考えているのだろか。どうも、今のことばかり考えて、未来のことなど考えていないような気がする。
 原子力発電所の再稼働問題も同じだ。再稼働することによるリスクの増加など眼中にない。資本の論理による勿体無いが最優先されているに違いない。人体生理学の概念に廃用萎縮というものがある。使わない組織は劣化するという概念で、寝たきりで筋肉を使わなくなると筋肉はどんどん弱ってくるような現象を指す。機会でも同じであろう。動力の機械は動くことで油も隅々まで行き渡るのに対し、使わなければ、油の動いも止まり、劣化が進むであろうことは容易に想像がつく。それでも、再稼働は進めていくというのだ。汚染物質は増えていくばかりなのに、それも考えない。やはり、”原子力利用そのものの犯罪性”を問題視しなければ、問題の解決はあり得ないのだ。

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