何よりも、読書にせよ、美術品の鑑賞にせよ、その”徹底ぶり” に、「一汁一菜」思想の源流を見た思いがする。彼の”徹底ぶり” は、私にとって、あるいは最も学ぶべき点なのかもしれない。あやかりたいものである。
実際に「善いもの」とを、区別して見ないといけないこともわかってきました。とにかくいいものを見ないといけない。しかも、雑多なものよりも、一級品のいいものを見ないといけません。
それからというもの、時間があれば、大阪中之島の東洋陶磁美術館、天王寺の大阪市立美術館、京都の国立博物館などに通い始めました。美術館の会員証を持って、少しでも時間があれば、とにかく見る。当時は今よりも美術館は空いていました。今では美術館も企画展が多くなりましたが、当時は、たとえば国立博物館には本当にたくさんのものが常設で並んでいたのです。美術館に通うようになって一年経ったとき、なんとなくいいなと感じるものが増え、一年前は見えていなかった美に気づく。それからまた一年して、一年前はわかっていなかったと気づく、その繰り返しです。京都や大阪の画廊や道具屋にも興味を持つようになって通いました。 ただの若いもんでも、どこに行っても親切にいろいろなことを教えてくれるものです。(『一汁一菜でよいと至るまで』、土井善晴著、新潮新書、新潮社、2022年、p167)
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