2022年12月22日木曜日

福沢の危険思想

 朝鮮人虐殺となど戦前から戦中にかけて、苦い経験があった。残念ながら、いまだにそうした思想が存在し、歴史的な和解の障害になっている。その源流が明治期の福沢諭吉の思想にあったことを知って驚いている。「福沢の脱亜論は単に脱亜にとどまらないで、蔑亜 —— アジアを蔑み、同時に、侵亜 —— を侵すことをめざすものとなった」(『憲法九条は国際政治に無力か』、弓削達著、かもがわ出版 、1996年、p9)というのだ。
 丸山眞男は、福沢諭吉の思想を評価していたが、福沢のマイナス面、恐ろしほどの危険思想を見抜けなかったのだろうか。諭吉の伝記は、こうした危険思想を伝えているのだろうか。やはり、日本のこれからは、明治の思想から書き直される必要があるのだろうか。今後の課題である。
 諭吉は、1885年頃、『時事新報』というのを発行していたようで、その社説に、「東洋諸国と縁を切る。西洋の文明国と仲間になろう」と書いていたという(上同)。諭吉の『時事新報』というものを読んでみたいものである。

0 件のコメント:

コメントを投稿