以前「計り知れない徹底抗戦の心理」の中で、「原爆を落とされても、徹底抗戦を主張していた人たちがいたことを思うと、その心理は計り知れない。そこまでは理解できない」と書いたが、いくら攻撃しても懲りない姿を見て「敵陣営内に厭戦気分が出ることに最後まで望みを持っていた」のかもしれない。そういえば日本軍には「神風が吹いて、・・・」という「神風信仰」というものがあった。「厭戦気分が出ることに望みを持った」ことも、「神風信仰」のようなものである。「神風信仰」恐るべしである。
一九四五年一月二日(火)
日本人および軍部はいかにして戦争を勝ちかんとするか。敵陣営内に厭戦気分が出ることに、今もなお望みを持っている。
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同じ一日の『朝日』には「B29の葬列」という記事で、日本軍が「B29の五百五十機を叩き潰す」といい、その最後にこういっている。米国内に厭戦気分が起ることを期待し信じていることが分る。
*米国に厭戦気分が起り、そこから破綻するという考え方は戦争初頭からのものだ。それを目ざして戦争を始めたのである。現在でもそう考えているようだ。
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新聞には「日本兵が強い」「日本は敗れない」というような電報ばかりのせている。米国海軍長官フォレスタルがそういったとか、海軍次官がそう報告したとか —— 今日はロイターのキムテという記者が、日本はまだ強い から戦略建直しをせよといったと特筆。昔から誉められてばかりいなければ安心できないのが日本人、特に軍人の特徴だ。敵がそんな言を吐く心情なり、考え方なりは一切知ろうとしない。 (『日本平和論大系 12』、家永三郎責任編集、日本図書センター、1994年、p403)
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