2021年11月5日金曜日

存在したもののひそかな永遠性

 ヘルマン・ヘッセの言葉を手がかりに、「自殺まで考えても、自殺をせずに生きるにはどうすればいいのか」を考えたことがある。そこで、「自分と向き合い、自己を育てる努力」(「自殺をせずに生きるには」)の大切さを書いた。その後、『人は成熟するにつれて若くなる』(ヘルマン・ヘッセ著、V・ミヒェルス編、岡田朝雄訳、草思社、1995年)の中に、「自己を育てる」ことと関連する素晴らしいヘルマン・ヘッセの言葉を見つけた。
 叡智と私たちの関係は、アキレスと亀の論証のようなものである。叡智が常に先行しているのだ。それに到達するまでの途中は、その魅力を追いかける事は、それでもやはり素晴らしい道である。(p105)

 素晴らしい魔力、万物が変転すると言う燃えるような悲しい魔力よ! しかし、それよりもはるかに素晴らしいのは、過ぎ去ってしまわぬこと、存在したものが消滅しないこと、それがひそかに生き続けること、そのひそかな永遠性、それを記憶によみがえらせることができること、絶えずくりかえし、それを呼びもどす言葉の中に、生きたまま埋められていることである。(p106)
 ここでいう叡智は、人によって違うかもしれない。しかし、人それぞれを成熟に向かわせてくれる魅力ある灯台のようなものであろう。魅力あるものに向かう過程そのものも、また素晴らしいと言っているところが魅力である。また、「存在したものが消滅しないこと」の素晴らしさは、古代ギリシャ文明など、数かぎりがない。ヘッセの言葉も、こうして呼び戻され、現代を生きる私たちに勇気を与えてくれている。

0 件のコメント:

コメントを投稿