詩人や俳人という人たちは、およそ考えられないくらい、言葉からとてつもなく広い世界を引き出す力を持った人たちだと僕は思っているんです。僕らが100万語費やしても語ることのできない真実を、たとえば中原中也は「茶色い戦争ありました」、俳人の渡辺白泉は「戦争が廊下の奥に立つてゐた」と、たったの一文で突くんです。説明なんか要らない。音楽でもこういうことがやれるはず。いや、やらなきゃいけない。詩は、いつも僕を触発し、創作へと奮い立たせる道しるべなんです。(池辺晋一郎著「スランプ2年、言葉に救われた」『朝日新聞』2021年11月16日)さらに池辺晋一郎さんは、「長田弘さんの詩、今も羅針盤」というコラム(『朝日新聞』2021年11月17日)で「いま、自分がどこに向かっているのか、何をどう考えたらいいのか、そんな風に迷うときは、今も長田さんの言葉を羅針盤にしています」と言っている。それなら、と長田弘さんの詩集『最後の詩集』(長田弘著、みすず書房、2015年)を借りて読み始めた。そこに、古代ローマの哲学者エピクテートスの言葉が紹介されていた。何事も、熟成させる時間が大切であることを語っている言葉だが、似たようなことを素粒子学者の小柴昌俊さんが言っていたことを思い出した。研究の芽を卵に喩え、「たくさんの卵を抱え、雛になるまで大切に温めていってほしい」みたいなことを言っていた。
それにしても、古代ローマ人の言葉が、現代のわれわれにまで、こうして伝わり、勇気づけてくれるとは! 「真理の言葉は不滅!!」ということであろう。
目に見える成果を早くと訴える人に、エピクテートスは答えて言った。
「大事なことは何事でも突如として生ずるものではない。一個のいちじくでもそうだ。もしきみがいまわたしに、じぶんはいちじくがほしいと言うならば、わたしはきみに、時間が必要だと答えよう。まず花を咲かせるがいい。次に実を結ばせるがいい。それから熟させるがいい。
いちじくの実は、突如として、そして一時間のうちに出来上がらないのに、きみは人間の心の実を、そんなに短時間に、やすやすと所有したいのか。わたしはきみにいうが、それは期待せぬがいい」
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